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    世界中を駆け巡るプラントハンターって?


     

    ■植物を求めて世界中を駆けめぐる!プラントハンターの世界とは
     

    最近話題の「プラントハンター」という職業をご存知ですか?

    プラントハンターとは、世界中を駆け回って珍しい植物や樹木、花などを採集してくる人のこと。

    彼らの歴史は、紀元前のエジプトまでさかのぼります。
     

    ■プラントハンターの活動最盛期は17世紀から20世紀の欧州
     

    歴史上初の珍しい植物を求めるための冒険は、紀元前1480年ごろに在位した古代エジプトのハトシェプスト女王の時代。エジプトの南東にあったと言われているプント国との交易で、香料に使われる珍しい植物が、鉢植えとして女王のもとにもたらされました。

    プラントハンターの活躍がめざましくなるのは、17世紀から20世紀にかけて、世界中の航路が開拓され、貿易が活発になった時代です。もっとも活動が盛んだったのは、大英帝国を築き上げたイギリスと、海外貿易が活発だったオランダと言われています。

    なかでもイギリスは、18世紀ごろには国を挙げてプラントハンターの活動を支援していました。

    世界各国に植民地を有していたイギリスは、ロンドン近郊のキュー王立の植物園「キューガーデン」を設立し、世界各国から集めさせた珍しい植物をここで品種改良・研究し、植民地で栽培させるといった活動をしていました。

    遠く離れた原産地から、イギリスの植民地に植物の栽培が広がった例は以下のようなものがあります。

    ●中国のお茶をインドのダージリン地方やスリランカで栽培

    ●アマゾン川流域から、天然ゴムをマレー半島へ移植

    ●ポリネシア産のパンノキを西インド諸島で栽培

    ●マラリアの特効薬キニーネ(キナの木の皮)をペルーからインドに伝えた

    こうしたキューガーデンで得られた研究の成果をもとに、育成条件が合致する植民地に送られた植物は、プランテーション(大規模農園)で大量栽培されるようになりました。
     

    ■幕末の開国とともに日本に渡ったプラントハンターも
     

    イギリスでは、キューガーデンでの公的な研究の他に、民間業者によるプラントハンター活動も活発でした。

    代表的なのが、19世紀の園芸業者ヴィーチ商会です。ヴィーチ商会では、プラントハンターが世界中から持ち帰った珍しい植物や樹木を自社の園芸施設で育てていました。

    ヴィーチ商会のもとで活躍した著名なプラントハンターとして、トーマス・ロブ(Thomas Lobb)とウィリアム・ロブ(William Lobb)のロブ兄弟がいます。兄のトーマスは、1843年から1847年の4年間に初の植物採集の旅に出かけ、シンガポール、マレーシアのペナンで熱帯雨林を訪れました。さらに、1848年末から1853年にボルネオ島(東マレーシア)のサラワク、フィリピン、ビルマ、インド、ネパールを訪れました。1854年から1857年に3度目の旅としてインドネシアのジャワを訪れ、4回目の旅は1858年から1860年で北ボルネオ、ビルマ、スマトラ、フィリピンでした。この4度目の旅で足を切断するほどの怪我を負い、トーマスはプラントハンター業から引退をします。

    また、ヴィーチ商会を営むヴィーチ一族のひとり、ジョン・グールド・ヴィーチは、幕末の日本に渡ったプラントハンターです。ジョンは1859年に日本の開港を知ると、1960年4月にイギリスを出発し、香港や広州、上海を経て長崎にやってきました。西洋人として初めて富士登山にも参加しており、日本の珍しい植物をイギリスに持ち帰りました。

    この他、ペリーの黒船来航の際にも、2人のプラントハンターが同行し、植物の採集活動を行ったといわれています。
     

    ■現代日本のプラントハンター、西畠清順さん
     

    プラントハンターについて、花と植木の卸問屋「花宇」の五代目、西畠清順さんの活動を通じて知ったという方も多いかもしれません。

    「情熱大陸」や「NHKスペシャル」などのテレビ番組に出演している西畠さんは、現代日本のプラントハンターです。

    幕末から続く植物商の家に生まれた、西畠さんは年に12〜15カ国をめぐり、珍しい植物を求めています。

    小さな頃から植物に囲まれた環境にあったものの、西畠さんが本格的にこの道を目指すきっかけとなったのが、大学生のころに訪れたマレーシア・ボルネオ島で世界一大きい食虫植物のネペンテス・ラジャに出会ったこと。ネペンテス・ラジャはウツボカズラとも呼ばれる植物で、西畠さんは4000メートル級の山の中に、こんな植物が自生していることに感銘を受けたそう。そして急激に植物への関心が高まっていったといいます。

    その後、実家の生業である植物の取引に関わるうちに、世界中の植物園や同業者とのコネクションができ、仕事が広がっていきました。

    西畠さんのクライアントは、華道の家元や庭園業者など、植物のスペシャリスト。生半可な知識でかなう相手ではありませんが、それでもその審美眼は高い評価を得ており、年間に2000件もの依頼をこなすそうです。
     

    ■プラントハンターには夢がある!
     

    稀少植物を追って世界中を飛び回るプラントハンター。華道家でも植物研究者でも冒険家でもない、しかしそのすべての要素を兼ね備えた、とても夢のある職業です。

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